肝臓がんの家族を持って

ガン治療に最も効果的な食事法

家族が肝臓がんを発症し、名医を探す日々が始まりました。
手術や最新治療など、調べなくてはならないことは山ほどありますが、当初はそれすら気付かず、ただ本人と同じようにおろおろするばかりでした。
まだ幼い子どもがいる身では、親の介護だけに専念することもできません。

病院で家族として告知を受けたとき、世界が音を立てて崩れ落ちるような感覚に見舞われました。
当然の前提として存在していた親がいなくなる、理性では当たり前と理解できていた事実も、それが現実味を帯びて迫ってくると脅威になります。
自分にも子供ができて、親の気持ちをようやく分かるようになり、子育ての傍らで親孝行をしようと思っていた矢先、まさかこんなことになるとは・・・。

年齢を考えれば、肝臓がんに限らず何らかの病気にかかることは十分予測できていました。
しかし、これまでが健康で病院ともあまり縁の無い暮らしを送っていたことを知っているだけに、あまりに唐突な知らせでした。
便りがないのがよい知らせと言いますが、まさか医師からこのような告知を受けることになるとは、いかに自分が時間の流れを意識していなかったかを痛感させられました。

子供を幼稚園に送った後、インターネットで後悔されている肝臓がん闘病記で名医や権威と呼ばれる医師を探しました。
人事を尽くして天命を待つよりほかに、自分にできることはありません。
これ以上後悔しないためにも、大切な家族には健康を取り戻してもらわなくては困ります。

いくら肝臓がんでも、もはや不治の病ではありません。
そうである以上、完治して再び阿蘇のふもとにある温泉宿に家族揃っていくこともできるはずです。
私がまだ小学生の頃に連れられた温泉に、今度は両親を招待し、孫をつれて3世帯で行くのです。
肝臓がんの名医に病気は完治させてもらい、魂の洗浄をするように阿蘇山を眺めながら、和気藹々と温泉を楽しむ日を迎えたいと切に思いました。

進行していく病気と同じように、幼稚園に通う長女はどんどん成長していきます。
その生きるエネルギーの裏には、老衰が隠されているような気がして、両親との残された時間はことさらに短いのではないかという不安に駆られることがあります。
家系的には、肝臓がんで死亡した人はいないというのが、せめてもの救いでしょうか。

すでに父親を心筋梗塞で失っている夫が言うには、あまりにもあっけなさすぎて気持ちのやり場に困ってしまったという話でした。
離れて暮らしていても、元気に見守ってくれていた存在がいつのまにか変わり果てた姿になってしまっているという事実には、実感が伴いずらいそうです。
肝臓がんという告知を受けたあの日、私にもその意味が理解できました。

ガン治療に最も効果的な食事法
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